紙片に縋る鯨
💜 1,705 スキ (BOOTH)
蝉の声が五月蝿い。 少し暑くなるだけで地中から這いずり出てくるそれらは泣き喚く。 生きているのだと、言えば聞こえはいいが、所詮。繁殖のために、ここにいるのだと主張するように泣いているのだ。 七日間の命の叫びを尊いという人もいるだろう。 だが、地球の気温を上げているようにすら感じるそれは正直なところ迷惑だ。五月蝿い。 だが、声を上げることすら出来ない自分よりは幾分かましに思えた。 窓から見える道路に陽炎が揺らめいている。 空を見上げれば自分を見下すような入道雲が大きく存在を為している。 眩しい。五月蝿い。暑い。 否定的な言葉が自分の中で羅列されていく。 これだから、夏は嫌いだ。 鯨の在り方とはなんであろうか。 破られた原稿用紙に指を這わせる。 眩しいほどの太陽が紙片を焦がしていくようでこの世界にすらも奪われたくなくて手繰り寄せる。 その寄せ集められた塵たちはいつか大きな魚影を作り上げることでしょう。 HO:貴方は小説家である。 貴方は現在スランプに陥っている。貴方は夏が嫌いだ。貴方が血反吐を吐きながら書き上げた小説は賞に落ちた。 貴方には貴方の作品のファンがいる。その人は貴方の担当編集者として職を持っている。 貴方は嫉妬で生きている。貴方は、編集のその人が嫌いだ。自分より才能を持っている、その人が嫌いだ。 その人は、過去にとある作品で文学賞を取っている。貴方が取れなかったそれを過去に取ったのだ。だのに、その人は貴方の書くものが好きだという、愛おしいという。貴方のことを“先生様”と呼ぶ。 貴方は、小説家である。今日もただ文字の書かれた紙を破り捨てた。 紙片と成り果てたそれが大嫌いな夏の風に攫われて入道雲の奥へと消えていった。
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